GO!おばちゃんGO!
わたくしの住む神奈川の寂れたどこにでもある街、その街の一角にわたしが贔屓にしているショップ。カツカレーとかフライとかを盛りまくった定食とかに巨大なご飯がつく、メニューの写真がほぼ茶色の、プロ仕様のお店がある
わたしは非常にコスパの悪い方の人間なので、とにかくそういった食べ物で暴力を振るってくる様な店で暴力を振るわれないと満足できない体になってしまっている食のマゾヒストだ
やはり客層もその手のプロの方々が多く昼時や夜になると屈強な感じの人、家の飯では満足できないスポーツ部の学生、明らかにパジャマのスウェット上下で来たニート、ヤンキー、などで賑やかになる、賑やかと言ってもまぁいつも座れるくらい、この街にはそんなに人がいないんだろう
ある休みの日の午後、ロクに体を動かしてもいないのにすぐ空腹に襲われる俺は、またあのショップに行きたい、と思った、今日はスタンダードにカツカレーにしよう、そしてそこで大量にカロリーを摂取してそのまま散歩に出かけ、そのカロリーを相殺し、そのまま寝てしまおう、オウなんて無駄な行為、人間は沢山無駄な事をしておかないと虚しくなってしまうのさ
そんな事を思いながら店に向かった
長年ショップを愛用しているわたしはお店の店員も何となく把握していた、だいたいはおばちゃん、あと店長らしき男、夜になるとバイト君みたいな男がおばちゃんに変わっていたりする。
こういったプロ仕様のお店特徴として着席から料理の到着までが異様に早い、というのがある。その調理の手際の良さは見事なものがある、まぁそんなに見てないけど
という事でもちろんその日も到着とほぼ同時にカツカレーを頂けるだろう、と思っていたがどうも様子が違った
食券を置いてキッチンに目をやるとどうも見た事が無いいかにもたどたどしい感じの新人、新人といってもおばちゃんなんだが、その新人のおばちゃんが先輩のおばちゃんの指示をものすごく真剣そうに聞いているところだった
たどたどしそうではあるが返事はものすごいハキハキとしている。
ハイ!わかりましたぁー!と大きい返事をした後、狭い店内を小走りで注文を取りに向かう。
何も問題無さそうに見える
私もカツカレーを注文した、問題は無いように見えた
だが何か、どこか不安だ、たぶんだけど
わかりました ぁー!
かしこまり、ました ぁー!
ご注文を!繰り返させていただきま ぁーす!
という異様に伸びた語尾、ちょっと変拍子な譜割り、その響きから発している不安はやはりその数分後に的中した
まず私の隣の席のおじさん、おじさんはスペシャル、という身も蓋も無い大盛りカレーにカツと牛丼を半々でのっけてあるこの店の定番オリジナルを頼んでいたのだが、新人おばちゃんはまずこのおじさんに
おまたせしましたぁー!アジフライ定食!で!ございまぁーす!
まず思いっきり間違えているのはいいとして、料理を運びコールするのが始めてだったのか、最初のハキハキのトーン、音量が更に上がり、ピッチと譜割りは先程よりも狂っていた
本当に良く無いな、と思いつつもやはりおもっきりデカイ声でぜんぜん違うメニューを持ってくるのはちょっと面白い
おばちゃんは更に上ずった声で
申し訳、ございませんでしたぁー!
すぐお待ち、しまーすー!
とハキハキ答えてキッチンに戻った、まだスペシャルができて無かったのか、今度は味噌汁をスペシャルのおじさんと俺に配り出した、まずそれが先である、味噌汁を配った後おばちゃんは今度は我々の席から少し遠くの席の注文を取りに向かった、俺はその時点でおばちゃんに夢中になってしまっていた
遠い席でもおばちゃんの声は響く、先ほどのミスが答えているのか声は上ずったままである、先輩のおばちゃんのイライラが伝わってくるようである、てゆうかアジフライ定食がほっておかれてるのは大丈夫なのか、そしてキッチンには私の注文したカツカレーの準備が整っているようである、そしてもうすぐスペシャルも登場するだろう、俺は新たな不安にゾクゾクし始めた、料理が現状2品、俺の隣のおじさんのスペシャルがもうすぐ登場、更に奥から来た注文で更に1品、おばちゃんはきっとかなり混乱している、奥の注文をキッチンに伝え戻ってきたおばちゃんは、一瞬立ち止まり、今度は用意された料理を持たずに俺の隣のおじさんのところに小走りでやってくる、そして一言
あの!注文なんで、ございましたぁ?
流石に水を吹き出しそうになったが、おばちゃんも混乱している、注文が飛んでしまう事はよくある事だ笑ってはいかん
と思ったが、先輩おばちゃんが天を仰いでいるのが目に入り、ちょっとウォーターリバースしてしまった
横のおじさんもだんだんとイライラしてきたのが伝わってくる
皆んながイライラしているのに俺だけがこの空間をめちゃめちゃに楽しんでいる、申し訳ない話である
だが良かった、おばちゃんが横のおじさんの注文を聞き直したと同時にスペシャルが完成、先輩おばちゃんに持ってきなさい!と怒られながらおばちゃんはスペシャルをおじさんに渡すことにやっと成功した、まぁ俺のカツカレーが先なんだけど
そしてカツカレーがやっとくるかな、と思ったら我々の席から見えない席の方から
アジフライまだぁ!?という怒りの声が聞こえて俺は水を再リバースした
完全にこの飲食店で繰り広げられる吉本新喜劇にハマってしまっている、
あかん、これは完全に変な人だ、冷静さを取り戻そうと俺はスマホに目をやった、もうそこにカツカレーはある、食うモードに切り替えねば、と思って待っていると
遂におばちゃんは俺の方に例の小走りでやってきて
大変、お待たせ!いたしましたぁー!
カツカレーで、こざいまぁーす!
目の前に出てきたのはスペシャルだった
人間は笑いを無理に堪えると体が痙攣するのをご存知のだろうか
俺は爆笑を堪えながら
それじゃ無いです、、
と言うのが精一杯だった
しつ、しつれい、いたしましたぁー!!
おばちゃんの声は度重なるミスで上ずりに上ずっていた
キッキンに置きざりにされたカツカレーを見て笑いの神がこの店に降臨しているのを感じた
もうやめてくれ
死んじまう
カツカレーが到着した頃には味噌汁は冷めていた、笑いながら飯を食うのには非常に時間がかかった
おばちゃんは俺が食べている間も果敢にミスを連発していた
そんななる!?人間ってそんなになる!?
心の中で爆笑し、泣きながら
ようやく食べ終えて店を後にした
帰り道もずっと笑っていた、完全にヤバイ人だった。
だがあの新人のおばちゃんの偉いのは、度重なるミス、先輩のお叱りが何度あってもしっかり発声していた事だ、俺なら絶対に無理である。
アジフライ定食とスペシャルを間違えた時点でその日の退職を決意し、ずっとふてくされてると思う。応援したくなる。
おばちゃん!頑張れ!辞めるな!きっと大丈夫だ!一杯ミスして一人前のおばちゃんになれよ!
何だか元気が出た俺はお腹いっぱいになり帰って寝た。起きたら夕方で一日が終わりかけていた。
そんなおばちゃんの事など一日で忘れ
俺はその後もライブをしたり仕事で叱られたり、酒を飲んで世間を嘆いたりしていた
しばらく間が空き、そういえば俺のフェイバリットプロショップに最近行ってないなぁ、と思って腹も減ったしフラッと行くかあ、と思って店に行った、休みの日で晴れていて、あの日と同じような感じだったせいもあって俺はあの新人のおばちゃんを思い出した。2〜3ヶ月は経っているであろう
もぅ、辞めちゃったかなぁ、、あれはまぁ、しゃあないっちゃしゃあないよなぁ、、、
なんて思いながら入店
なんとおばちゃんはまだいた、髪を赤く染めていた、そして元気ではあるが声を張り上げていなかった、そしてミス無く注文を取り迅速に料理は到着した
何だかちょっとさみしい様な、でも穏やかなハッピーエンドでも見ているかの様な、そんな感じがした、いつもと変わらずお腹一杯になり、ご馳走さまと一言言って店を出た、おばちゃんはもうあの日のおばちゃんじゃあ無くなっちまったんだな、、、
フッ、、
でもあの日のガムシャラにミスを連発したおばちゃんは、
俺の中で生きてるぜ、
また来るぜ!おばちゃん!
何だか清々しい気分だ、
そうして一人帰り道を歩いている途中で
でもなんで髪染めてんねん!
と突っ込んで一人笑った
今あのおばちゃんがいるのかは知らない